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「空気を読む」 vs "Share the air"

Life History

「空気を読む」 vs "Share the air"

こんにちは。

日々宿題に追われ、ひいひい言っている山本です。「好きでやってるんだから文句言わないの!」と自分に言い聞かせながら頑張っております。

ところで、ですね、僕は今学期、"Life History"という授業を取っていましてこれがまた、深イイんです笑

アメリカに来てこの授業が大学院の最初の授業だったのですが、初っ端、シラバスを見てぶったまげました笑

なぜってシラバスにこう書いてあったからです。

"Be respectful to one another and "share the air"-that is, "to share the air"
「お互いに尊重しあって、空気を共有しなさい。空気の共有です。」

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えっ!!!!アメリカ人も空気読むの!?!?

誰かが自慢気に「空気を読むってのは日本人特有の考えで、外国行ったら通用しないんだよーーー。」って言ってましたよ!!!

アメリカにも読む空気があるんですかっ!?!?その空気はどこですか!?

授業のテキストより読みやすいですか!?!?といった具合に一人で興奮していました。



ただですね、これ、よくよく話を聞いていくと、"Share the air"は日本の「空気を読む」と話が全然違うんです。少し「空気を読む」と"share the air"の違いをまとめてみましたので、ご覧ください。

「空気を読む」in Japan

空気を読むっていうとどんな場面を想像されますか??例えば、部屋に入って来て、雰囲気が神妙だったりして、なんでかわからないけど、それに合わせてシッポリしてみたり。

あとは、例えば、テンドン的なジョークをしていて、もう返しが文脈で決まっている。その時に誰かがうまく返せないと「おいー、そこは空気読めよー!笑」みたいな流れになりますよね。

もう一つの例としては、例えば、「まじ、今日は先生(上司)が機嫌悪いから空気を読んだ方がいいよ」みたいな場合が場合がありますよね。


「空気を読む」という行為は「コミュニティーにおける優勢な流れ」もしくは「優勢な個人」の感情に同調していくことだと思うんです。

例えば、「空気読めよ」という命令形で使うことはあっても「空気を読んでいただけますか」という謙譲語で上司に使うことは少ないはずです。(上司が舐められていれば別ですが。その場合はお局さんだとか裏の権力者が、形式的に謙譲語を使って、内実は上司を見下しているわけです)

少し前にKY(空気読めない)という言葉がJKの間で流行ったようですが、これも基本的にコミュニティの上位にある誰かが、下位にある誰かを「レッテル付け」するために使う言葉だと思うんです。

逆に「あいつ、マジ空気読めて、最高!」とは言いませんし、「●●ちゃん、いつも大人しいけど、彼女の空気をどうにか読みたいんだよね」ってクラスのリーダーが言うことはありませんよね。

つまり「空気」を取り巻く世界には常に力関係が存在するわけです。「空気を制するものは、世界を制する!」ってことですね

"Sharing the air " in the U.S.A

翻りまして、"Sharing the air"なんですが、さっきの文章には実は続きがありまして・・・

Be respectful to one another and "Share the air "- that is, to "share the air"- that is to share the discursive space so that all people have a chance to speak- especially those who might seem shy, quiet, and otherwise reluctant to speak in class.

「お互いに尊重しあって、空気を共有しなさい。空気の共有です。これは、広がりのある空間を共有し、全ての人が話す機会を得ると言うことです。特に、シャイだったり、静かだったり、話したがらない人たちのためです。」

全く逆じゃん!!!!

つまりここでは、弱い人たちのために、"Share the air"をせよと言っているわけですね。だから、「●●ちゃん、いつも大人しいけど、彼女の空気をどうにか読みたいんだよね」って話になりますし、

普段発言しないような人が、いきなり立ち上がって話し出したら、「あいつ、いきなりなんか言い出したよ。空気読めないよねー」とディスるのでは無く、尊重してあげるべきという話な訳です。

この考えには実はバックグラウンドがありまして、Life Historyというのは弱い立場の人を救うための学問という側面を持っているんです。

1920年代にシカゴ学派と言われる人たちが、始めた学問で、シカゴのダウンタウンを家も無く彷徨って、犯罪を繰り返す非行少年などと仲良くなって、彼らがなぜそういうことをするようになったのかを親身になって聞く訳ですね。(夜回り先生!?)

それで、彼らの見たこと、聞いたこと、感じたこと、つまり「主観」を本などの形にして他の人に説明する訳です。シカゴの非行少年Stanly(仮)という少年の人生を追って研究したのが、下のJack Rollerという本です。
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この手法は、差別で苦しむ黒人の方や、セクシャルマイノリティの方々など、多くの人たちの研究に応用され、様々な人たちの生活を理解することに利用されているようです。だから、"Share the air" には弱い人に寄り添う思いやりの気持ちが込められている訳です。

まとめ

日本を去る前にすでに、なんと無く「空気を読む」ってフレーズはあまり良くないんじゃないかっていう「空気」は日本にもあった気がします。だからSEIYUが広告であえてぶつけて「KY-カカクヤスク」とかってやってましたよね笑 また、下記の「バカ大学」も強烈に「空気」を批判している訳です。


4篇 日清 カップヌードル CM OBAKA's大学 「春がきた」「テラ幸子」「疾走」「卒業式」


「空気を読む」という言葉はすごく注意しなければいけないんじゃないかと思います。そしてビートたけしみたいに、社会にメッセージを発信できたら素晴らしいと思いますし、そうで無くとも、誰かのために"Share the air"ができたら、素敵ですよね。でもこの"Share the air"してくれる人って実は日本にもたくさんいると思うんですよね。

そして、"Share the air"は思いやりとか、気遣いとかとか、本来日本人が持っている素晴らしい感性とすごく似ている気がします。


多分、あなたの周りにも、「そんなに親しくないけど、あの人なら話を分かってくれそう」とか、「この人の前だと素直になれる」とか、そいういう人っていると思うんですよね!! 自分もそういう人に憧れるし、そう人になるために日々精進です!

おっしゃ、バカ大学見てたらパワーが湧いてきました!今日も頑張っていきましょう!ではまた!